温川について

陸路を走ると東京から650km、大阪市内からでも200km。温川は、紀州熊野の山あいにひっそり佇む隠れ里です。

紀伊半島の山々に守られ、わたし達の村・温川はひっそり佇んでいます。
村と呼ぶのは適切ではないのかもしれません。平成の町村大合併により和歌山には、行政単位での村は存在しないからです。でも、私どもの感覚では温川は、村と呼ぶにふさわしい、ゆったりとした時間が流れています。

温川は、陸路を走ると東京から650km、
大阪市内からでも200kmの山あいにひっそり佇んでいます。

温川は、紀州熊野の山系、熊野古道に添って、平安の時代から純粋な農業生産エリアとして時を刻んできました。
山あいにありながら、空が広く、太陽の温もりが小さなこの里山に降り注いでいます。
かつては、地域の種籾の供給地であったということからも、この村が災害に強く、大地は豊穣で、勤勉な農家の方がこの村の歴史を支えてきたことが伺えます。
熊野山系・笠塔山のミネラル豊かな湧き水が田畑に導かれ、村人を含め全ての生き物たちを潤しています。

少なくとも半世紀前までは、日本のあちこちにみられたありふれた山村風景かもしれません。しかしこの村も限界集落のひとつに数えられています。
豊かなこの里山に出会い、このなにものにも代え難い風土と人々の関わりを次世代に紡ぎ結びたい。
私たちは、この地で農業を柱として据えながら、それだけに捕われず、もっと多くの人たちと重なり合えるサムシングを実現したい、と願って「温川プロジェクト」を立ち上げました。
いま現在、温川の人口は100人足らず。
平均年齢70歳を超えています。
いつの日か、この地に子供達の笑い声が聞こえ、村に活気が甦ることを夢見て。